表面分析はなぜ真空中で行うのですか

 電子分光法に代表される表面分析は,多くの場合超高真空中で行われます.この場合の真空度は,約10-7 Pa(前世代の装置の真空計だと,10-9 Torr)以下です.室温で1気圧1モルの気体体積は22.4 ℓであり,6.02 x 1023(アボガドロ定数(ちなみに単位はmol-1))個の分子が含まれています.cm3単位では,2.7 x 107 個の分子数に相当します.参考文献[1]第2章では,速度分布関数を用いて,室温で圧力が10-7 Paの場合472 m/sという高速で3.2 x 1011 個/s・cm2が単位面積当たり衝突することが説明されています.通常の金属や半導体の単位面積当たりの構成原子数は1015 個程度なので,分子吸着確率を “1”とすると数10分(銀表面の場合は約80分)で表面全体を覆ってしまうことになります.表面分析手法の検出深さは,たかだか数nmなので,10%台の吸着分子が影響を及ぼすことになります.炭化水素が汚染として吸着すると,試料中の炭素量より多くの炭素が検出されることになります.また,表面構成元素によっては,吸着酸素が解離して表面で極薄酸化膜を形成する[2]ことになります.ですので,材料表面を分析するには,できるだけ良い真空度で汚染や酸化進行のない状態を計測する必要があります.

[1] 吉原一紘,吉武道子「(新教科書シリーズ)表面分析入門」(裳華房,1997).
[2] M. Suzuki, Y. Hayashi, and M. Oshima, J. Phys. D: Appl. Phys. 19, 463 (1986).
  https://doi.org/10.1088/0022-3727/19/3/015

(ver. 220602)