電子線はどの程度の深さまで固体内に侵入するのですか.

 電子を固体に照射すると,電子は固体内に存在する原子や電子と衝突し散乱され,進行方向を変えたり,エネルギーを失ったりして,静止してしまいます.電子の固体内での挙動は,エネルギー損失と衝突断面積をもとに計算できます.固体に侵入した無数の入射電子の拡散領域の全体形状(球状や円柱状などを仮定)の各寸法を求める方法が提案されており,それらの方法から入射した電子の侵入深さが推定できます[1].しかし,実際には拡散領域の周辺部では電子の密度は小さくなっており,拡散領域の最大径を電子の侵入深さとすると,侵入深さを多めに見積もっていると推定されます.そこで,電子の実効的な侵入深さ R s の計算式としては,実験結果を考慮して補正した次式が提案されています[1] R s = 1 40 A V 1.7 ρ Z μm ここで, A :平均原子量, V :入射電子の加速電圧(kV), ρ :平均密度, Z :平均原子番号です.この式から,電子線の侵入深さは入射電子のエネルギーに比例し,試料の密度に反比例することがわかります.入射電子の加速電圧が10 kVのときに,試料がアルミニウムの場合には侵入深さは約1.0 μm,金の場合には侵入深さは約150 nmです. 加速電圧10 kVの電子線をアルミニウムと金に照射したときの電子の挙動のモンテカルロシミュレーション[2]による結果を下図に示します.

simulation

[1] 副島啓義,表面科学,5,351(1984).
[2] 志水隆一,電子顕微鏡,19,84(1984).

(ver. 230313)