TOF-SIMSはHから検出可能元素となっていますが,水素イオンについて議論することはできますか?

 ToF-SIMSで得られる二次イオンの質量スペクトルでは,正イオンの場合でも負イオンの場合でもm/z = 1付近にHイオンのピークを視認することができます.このHイオンの強度から試料に含まれる水素(=試料水素)の量や分布状態を議論するためには,試料以外に由来する水素(=バックグラウンド水素)を十分に低減させる必要があります[1,2].バックグラウンド水素の起源としては,装置の測定環境に含まれる水素や水などの残留ガス,試料に付着して持ち込まれる炭化水素などのコンタミ,が考えられます.
 一般に,バックグラウンド水素の低減策としては,装置導入前にUVオゾン洗浄するなどして試料に付着するコンタミを極力低減しておく,試料を予備排気室で十分に真空排気してから分析室に導入する,コールドトラップを使って分析室の残留ガスを低減する,などが有効と考えられます.また,測定中の残留ガス吸着の影響を軽減する方法として,デュアルビームを使ってインターレースモードで測定することを推奨する文献があります[3].
 一方,試料水素を高感度に検出するためには,スパッタイオンにCsイオンを用いてH-イオンを検出する(→H+よりも高感度),一次イオンに単原子イオンを最大電流で使う(→二次イオン強度を高める),などが推奨されています[3]. 以上の通り,ToF-SIMSでHイオンは容易に検出できるものの,実用的に意義ある議論をすることは容易でないため,相応の対策が必要になります.

[1] C. W. Magee and E. M. Botnick, J Vac Sci Technol. 19, 47 (1981).
[2] K. Wittmaack, Nucl Instrum Methods Phys Res. 218, 327 (1983).
[3] Z. Zhu et al., Surf Interface Anal. 44, 232 (2012).

(ver. 241227)